北村浩子の「読んで、話して、書いて」

フリーアナウンサー、ライター、日本語教師の北村浩子のブログです。

よりぬきbooks A to Z 『虹色と幸運』(柴崎友香 ちくま文庫)

これまで「books A to Z」では、

2千作以上の本をご紹介してきました。

このブログでは、思い入れのある作品を

「よりぬきbooks A to Z」としてアップします。

 

オンエアのときの原稿を書き替え、

音声も再録音しました。

 

まずは、春に読んで欲しい、

柴崎友香さんの『虹色と幸運』(ちくま文庫)を

ご紹介します。

 

☆ ☆ ☆

 

3月から始まる1年の物語。

メインの人物は3人です。

31歳の本田かおり、

春日井夏美、

水島珠子(たまこ)。

かおりと夏美が高校のときの同級生で、

かおりと珠子が大学の同級生。

かおりつながりで、夏美と珠子も仲良くなった。

こういうつながりって、ありますよね。

物語は、ひと月ひと月を章として語られます。

始まりの3月。

春分の日が近い土曜日、3人は数年ぶりに会う。

夏美から、ちいさな雑貨屋を始めたとメールが来て、

かおりと珠子が開店祝いに足を運んだのでした。

 

夏美には、ちいさい子どもが3人いる。

かおりは、大学の学務課で8年働いている。

珠子は、フリーランスイラストレーター。

多肉植物の寄せ植えを

お祝いに持っていくことにしたのは、

繊細な植物だと、夏美は枯らしてしまうだろうと、

かおりも珠子も、同じことを思ったからでした。

 

久しぶりに夏美の家族にも会って、

みんなで積もる話をして、

その日、

かおりが自分のアパートに着いたのは9時過ぎ。

ボーイフレンドの、

4歳下の準之助が廊下でごろっと寝ていた。

一方、珠子が、

最寄の駅に止めておいた自転車に乗って、

1人暮らしの自宅に着いたのは10時過ぎだった。

仕事は明日にしよう……と珠子は思った。

その時間、

夏美の家族は全員、深い眠りの中にいました。

この小説は、誰かの1人称で綴られているのではなく、

カメラが切り替わるように、

視点人物が次々に変わる書き方がされています。

 

4月の、ある火曜日。

新学期が始まったばかりのキャンパスで、

かおりは激務の毎日を過ごしていた。

やっととれた昼休み、

図書館の前の広場でお弁当を食べながら、

準之助と最初に会ったのもここだったな、

と思い出していた。

役者志望の準之助はもともと、

この大学の学生だった。

公私混同みたいに思われたくなくて、

仲のよい同僚にも、そのことは言っていない。

突然、準之助の父が神戸から上京してきたのは、

5月の連休の2日目で、

知り合いの個展を、

珠子と一緒に代官山に見に行った帰りに、

いきなり一緒に夕飯を食べることになり、

心の準備もないまま、

かおりは待ち合わせ場所に行った。

準之助の父は、

なんかうまいもん食いに行きましょう、と

挨拶もなくかおりに言った。

息子がどうのこうの、ということは、

気持ちがいいほど言われなかった。

父と子は、

好きなバンドの話で、

酒を酌み交わして盛り上がっていて、

そんな2人を見ているのは楽しかったけれど、

自分の家族との距離も、かおりは感じた。

その日、夏美は

夫の家族と親戚と自分の家族分、10人の食事を作り、

義理の妹の誕生日を祝っていました。

 

珠子が再び夏美の店を訪れたのは、

梅雨の晴れ間が覗いた、6月のある日。

ふらりと寄ったのに、

珠子は突然夏美から店番を頼まれた。

お客さんは何人か来たけれど、

誰も何も買わなかった。

早く帰って来ないかな……と思い始めた頃、

大きいリュックを背負った若い男性が、

不思議そうな顔をしながら入ってきた。

その男性は、夏美の夫の後輩らしく、

無線LANが繋がらなくなったから見て欲しいと

夏美に頼まれて来たのだと言った。

リュックから、一眼レフのカメラが覗いている。

工場や、廃墟や団地の写真を撮るのだと彼は言い、

何枚か見せてくれた。

「こういうの、うちの近所にもありますよ」

と珠子が場所を言うと、

彼は、急に生き生きした表情を見せ始めた。

あー、男の子って感じだなと珠子が思ったとき、

「和哉くんごめん!」と夏美が帰ってきた。

珠子と和哉は、

携帯電話を持ち出して連絡先を交換した。

それを見た夏美は、

恋の始まりかしら、と、ニヤッとします……。

 

三人称で、視点人物が細かく変わる、

と最初に言いましたが、

この書き方って実はすごく難しいんです。

柴崎さんは難しいことを、

すごくかろやかにやっている。

その難しさの分、

描かれている時間と場面が、

立体的に読者の頭の中に構築されて、

普通の女性たちの日常が

ちっともつまらなくない、どころか、

ずーっと彼女たちの日々を読んでいたいなあと

思わせるんですね。

 

3人が冒頭で再会したからと言って、

3人のつながりばかり書いてない。

それぞれに仲のよい人は他にもいる、

ということも書かれていて、

うんうん、人間関係の現実ってそうだよねと思います。

1年後、彼女たちにはどんな変化があったのか。

最初の場面を振り返りたくなる結末です。

 

音声はこちらから(音が出ますのでご注意ください)